すべてが予想したとおりにことが運んだ夜について

部活のオフが終わり、朝から練習が始まる。鈍りきった体は、丁寧にも鍛錬を怠った分だけ疲労感を僕へ提供してくれた。ほんとしんどかった。貧血で倒れるかと思った。家に帰り着くと同時に布団へ倒れこむ。――寝坊。焦る。しかし約束の時間より五分程遅れるに留まりほっとする。急がなくていいよとメールを受け、安心しつつ急いで向かう。今日の目標は決まっていた。どのように僕が振舞えば、どのように彼が答えを出すかは、知っているはずであった。一年間彼を観察し続けてきた僕には、彼の答えが予測できるはずであった。
梅田で落ち合い、梅田から一駅のところにある御堂筋線にて淀屋橋へ向かう。日本で唯一、ベルギービールを生で飲ませてくれる店があるという。彼の好きな店なのだと言う。淀屋橋からその店へと向かう折、僕と彼についての話を、核心に触れぬ程度に交わす。店へ着き、オーダーを頼み、 さて、話をしようか。という流れになった。すべて予想通りだ。
僕の意思を尋ねられたが、僕は彼に話をするよう促した。彼が何を考え何を想い何を望んでいたのか、それを知ることによって僕の返事は変わるだろうと考えていたからだ。そのような意思を僕が最初に述べても良かったが、それでは何通りもの話をしなければいけないので面倒であった。それゆえ、彼に意見を求めた。そうすれば、彼の意見に対する僕の答えを言うだけで僕は済むのだった。
僕の中で用意された答えはどれも少しずつ違っていたが、最終的な目的はどれも彼と仲直りをすることであった。彼が僕に対して綺麗さっぱりと関係を絶とうと申し出るのであれば、僕はそれを潔く受け入れる積もりであったが、そうならない限りはどうにかして彼と仲直りしたいと思っていた。
そして、それは僕が、僕の抱いていた、僕が生きる糧でもあると言って良いものを廃棄することを意味していた。大げさな表現になっているかもしれない。しかし、そう言っても過言ではないと、自分では思ってしまうくらい、僕にとっては大切な望みであった。しかし、それを捨てる覚悟はもうとっくにできていたから、あとは実行に移すだけであった。最後にマウスを左クリックするだけ。そんな感じだった。
思っていたとおりの要求を彼は提示した。それは単純で明快であった。現状に満足できないのであればジ・エンド。ただそれだけだった。
エゴとは個性であると、なんとなく思う。没個性。という印象を僕は受けたが、何もかも諦めてしまえば良いだけなのだ、と思うと気はラクになった。僕はそれを捨てさることに躊躇無く同意した。彼は喜んだ。これは彼のエゴが僕を押さえつけることに成功したのだな、と、「僕のごね勝ちって形になっちゃったな」というセリフを聞いたときになんとなくそんな風に感じた。それでも彼の喜ぶ姿を見ると僕はうれしくなった。彼のわざとらしい大げさなガッツポーズに苦笑いしつつも愛らしいと思った。今日からは僕が地球に優しくするように、彼にも優しくなろうと誓った。胡散臭いなあと自分で思った。しかし、僕にできるのはそれくらいだった。浮気を何百回されてもいいし、僕に会いにこなくてもいいし、すべては彼ができることを彼ができる分だけ、彼がしたいだけやってくれればいいと切に思った。そして僕は彼が望むことをできる限りしてあげたいと思った。すべてがすべて、僕の予想通りであった。このような形で決着はつき、僕と彼との関係性は今まで通り何の変わりも無く続くようになった。彼は僕のためにできる限りの努力をするから信じてついてきて欲しいと言い、僕はそれに頷いた。この日、僕と彼との関係性は固定されたように思う。これでよかったのだと思う。