弟に会う(昨日の出来事)

弟は虚弱体質である。三歳の頃からアトピー性皮膚炎を患い、それはだいぶ良くなったものの完全には治らず今に至っている。一時期は体中から汁のようなものが出ていた。布団は血まみれであった。痛々しかった。中学生の頃は十二指腸潰瘍を患った。原因はストレスとのことであった。僕と仲が悪かったことも一因なのかもしれないと焦ったこともある。「焦った」が一番当てはまる言葉だろうと思う。それ程僕と弟は仲が悪く、心身共に傷付けあっていた。
高校に入ってからも虚弱な体質には一層磨きがかかったらしく、高校も年に数十回休むようになり、受験生である今年は五十回以上欠席をしたとのことだ。体育は一年間見学し、休みがちであったためこれ以上休んだら審査にかけなければならないので出るようにとの勧告を受けたらしい。1km歩いただけでフラフラすると言うのだから重症だ。随分と痩せ細り、178センチの身長に対して体重は52キロ。僕も痩せている方であった(最近はそうでもない)が、弟は比べ物にならない。そんな弟が、奇しくも僕が在籍する大学を受験するという。そういう訳で、母親からひ弱な弟の荷物を持ってあげて欲しいとの直通電話があり受諾したため、弟と会うことになった。二十三日大阪着、二十四日下見、二十五日受験、二十六日帰鹿。僕の頃と全く同じ日程であった。
うちの高校はその大学を受ける生徒全員で集団行動をする。その中で弟は一人、体調の不良のせいで時折別行動を取るということであった。飛行機は同じであったのだろうか、弟は僕を友達の目に触れさすのが恥ずかしいようで、「何その前髪、中途半端じゃねえ?じゃあ荷物よろしく。あっち行ってて」と言い捨て友達の輪に入って行った。ムカついた。が、僕がここに居る経緯や弟の心境を考えると分からないでも無いのでさっさと出口へ向かい待っていた。
ホテルまで荷物を運び、昼飯を食い、別れた。弟と話していて感じたことは、悲しいまでの金銭感覚の違いであった。それは今の僕の目から見て滑稽なほどであった。大学へ通い、医者である彼と付き合い、僕の中でのお金の価値は、デフレが進む世の中と逆行して大きくインフレをきたしていた。彼の一万円が僕のなかで三万円にも四万円にも感じられるように、僕の一万円は弟には三万円にも四万円にも感じられるのであった。とにかく弟が不憫に思え、つい二年前は僕もこのようであったのだと色鮮やかに思い出し恥ずかしくなってしまった。同時に、彼は僕を見てそのように感じているのだろうかと思うと身の置き所がなくなった。金など所詮金でしかないのだと思いたいが、今の自分にはまだ難しそうだ。
そんなことを考えながら、弟に一万円を上げた。弟は「え、いいの?!」と驚きながらも大事そうに受け取った。戸惑いながらも純粋に嬉しいのだろう。僕も正直お金はほとんどなく最近つらい生活をしているのだが、僕が一万円使うよりも弟が使った方が遥かに価値が大きくなるだろうということは分かっていた。しかし、それでもほんの少しずつ大事に使ったり、下手に貯金したりするのだろうなあと弟の金の使い方を想像すると苦笑した。弟を見て、彼を見ると、環境の違いでこうも変わるのだと溜息が漏れた。勿論、彼が悪い訳では無い。しかし、彼の「そんなに贅沢していないよ」という言葉を聞くたびに感じた不協和音を思い出し溜息が漏れるのだった。
僕にはお金に対するコンプレックスがあると思う。早く仕事がしたいと昔から思ってやまなかった。こんなに不自由するならば、こんなにも周囲のひとの贅沢を指をくわえて見ていなければいけないならば、早く就職したい、そうして周りのやつよりも稼いでやるのだ、と小さい頃からずっと考えていた。あと一歩でそこまで手が届く。あと少しの我慢なのだと、自分に思い聞かせる。